サハラマラソン(モロッコ) 正式名 Marathon Des Sables 2013 参戦記

  2011年3月11日 東日本大震災が起きた。幸いにも家族・親戚に被害はなかった。
 当日、翌日と夜を徹して、津波被災地で活動していた。

  その時に感じたこと。自分の無力さ、人の儚さ、自然の壮絶さ。昔の人が、自然を恐れあがめていた気持ちが沁みるように判った。
 その中でムクムクとある気持ちが湧きあがってきた。人智の及ばない自然に身を置いてみたい。
 候補地は、砂漠とアマゾン。しかし、この時は、まだまだ漠然とした気持ちだけだった。


4月2日〜4日 いよいよパリに出発、パリ観光を楽しむ

  高速バスで新宿に到着後、まず明治神宮に向かった。もしかすると今日で日本とも永遠にお別れかもしれない。
 明治神宮にて厄払いを済ませる。御神符と御神饌を持って、砂漠に旅立つ。無事に日本に戻ってくる事ができますように・・・。

  パリ到着は、朝の4時頃。右も左もわからないが、人はほとんどいない。
 先立つものは金。まずATMでお金をキャッシングしようと思ったが、操作方法が判らなかった。やばいw

  今度は、地下鉄の切符購入に挑戦してみた。券売機を適当に操作したら、奇跡的に買う事ができたようだ。
 こうなると、なんとかキャッシングもしたい。案内所の人にカードを渡して、300ユーロほど引き出してもらった。

  地図を片手に地下鉄に乗り、街中まで来る事が出来た。しかし、そこからが大変だった。ホテルの場所が見つからない。
 ホテル名と住所の書かれた紙を見せて聞いても、教える人によってバラバラになる。住所に書いてある通りすら見つけられない。
 しかもやっと訪ねあてた該当ホテルで聞くと、そんな予約は入っていないと言われた。(実際は、このホテルでした。)
 何度もパリの街を行ったり来たり、もう本当に訳が判らない。再度、このホテルに戻った時に、他の選手を見つける事が出来た。
 何時間も無駄に過ごしてしまった。早速荷物を置いて、パリ観光を楽しむことにした。

  まずは、ルーブル美術館に行ってみたい。他にも見て回るつもりが、ルーブルだけで約7時間ほど過ごしました。
 足が棒のようになったが、なかなか楽しめた。それだけいても、半分も見れていないかもしれない。
 結局ルーブルだけ見てホテルに戻った。丁度同室者も帰ってきていた。お話を聞くと、同じ宮城県から参加の方のようだ。

  前年に続き2回目の参加で、前回はオーバーナイトの暗闇の中を一人で歩いていたために道に迷い、
 体力が尽きて何も出来なくなっていたところを、ラクダ部隊に発見され、あえなくリタイヤを選択したそうだ。
 今年は、なんとしても完走したいと、かなり練習を積まれたようだ。装備を見て貰い、アドバイスを頂いた。

 翌4日、11時頃より参加者の顔合わせがあった。自己紹介と連絡事項(バスの出発時間)の伝達だけで、短時間で終わった。

  その後で、同室者の川村さんから「スポーツ用品店に行きますが、どうされますか?」と聞かれたので、ご一緒させてもらった。
 面白そうな食品や装備もあったが買わずじまい。日本から持参の食糧だけで行こう。
 同行されていた村上さんは、シューズカバーがとれてしまったので、無料でつけて貰っていた。なかなか親切な店だった。

  夜は、他のメンバーと連れだって、中華料理店で夕食会を楽しむ。
 世界各地を転戦している、かなりの猛者ぞろいのようだ。面白くなってきた。

機内から撮影したパリの夜景 パリの地下鉄のチケット モナリザと僕
(左)機内から撮ったパリの夜景 (中)やっと買えた地下鉄チケット (右)モナリザと記念撮影。凄い人だかりで、見るのも一苦労です。
夜明け前のパリ 地下鉄の券売機 ミロのヴィーナス
(左)まだ薄暗闇の中を、ホテルを探しまわる (中)券売機で一苦労 (右)ミロのビーナスと記念撮影
パリのホテルで装備の確認 パリのスポーツ用品店をまわる。 モロッコ出発前夜の決起大会
(左)ホテルのベットで、装備品の確認 (中)パリのスポーツ用品店めぐりを楽しむ (右)中華料理店で、前夜祭。

4月5日 モロッコ入国、いよいよサハラ砂漠へ テントメイトが決まる

  今日の朝は、とても早い。空港行きのバスが、朝5時に出発する予定だ。
 昨晩のうちに、準備は済ませてある。朝支度を終えてフロントに降りると、朝食ボックスが準備してあった。
 30分ほどで空港に到着した。 僕らのほかにお客さんはいないようだ。

  8時過ぎに乗機開始、モロッコ到着は12時ちょっと前だった。空港では、主催者がお出迎えしてくれる。
 入国審査に時間がかかったが、バスに乗り込み、いよいよ砂漠に向けて出発だ。モロッコの街並みに心が躍る。

  昼食タイム、トイレ休憩があり、目的地の手前に到着した。ここからは、軍用トラックに乗り込んで、道なき道をさらに奥地を目指していくようだ。
 トラックが満載になると、順次出発していく。僕が乗り込めるトラックはなかった。戻ってくるまで待つしかないな。

  かなり長い時間待たされた後で、ようやくトラックが到着した。乗り込むと、写真を撮る為に前方に陣取った。
 夕闇が迫る中、キャンプサイトに到着した。日本人に割り当てられたテントを探すが、暗闇が迫っている。
 ヘッドランプを装着し、一人心細くなりながらも歩いていた。日本人テントは、テントメイトがほとんど決まっていた。
 どうしたらいいかなと思いながらも、先に進む。一つのテントから声がかかった。「ここ空いてますよ。」早速入れさせてもらうことにした。

  入る時に事件を起こしてしまった。(*´Д`)ヤッチマッタヨ テントを倒してしまった。www
 こんな奴と一緒にいたらやばいと恐怖に駆られたのか、すぐに2名のテントメイトが離脱して6名になってしまった。快適快適www

  残ったメンバーと夕食を食べに行く。周りは、凄そうな参加者ばかりだ。少し気圧される。
 夜、とんでもない寒さで歓迎を受けた。早速砂漠の洗礼か・・・。凍死者が出たという話が嘘でないことが判る。寝たら死にそうだ。
 エマージェンシーシートを早速使い・・・、とにかくTシャツも重ね着して、少しでも暖かくして寝なければ。初日から凄い展開になってしまった。

 
ホテルで用意してくれた朝食 パンと飲み物で十分 オルリー空港到着、気持ちがはやりますね。 空港の待合室でくつろぐ、僕以外はウルトラマラソンの常連さんばかり。
(左)朝食ボックス 最後だったから、パンも残ってなく。ジュースだけ詰められたw (中)朝5:30頃、空港到着 (右)空港の待合室でくつろぐ。
機内食が朝食代わりになりました。 ワルザザード空港に到着、小さな空港です。胸の高鳴りを抑える事ができませんね。 途中で配られた昼食ボックスの中身。お菓子もありました。
(左)機内食 美味しく頂きました。 (中)ワルザザード空港到着 小さな空港ですが、入国審査に時間がかかった。。(右)昼食ボックス
水のある場所は、緑が豊富です。 ワルザザード郊外の市場の風景 なんか美味しそうな雰囲気が流れていました。 それまで殺風景だった車窓が、一転。やはり動物が群れていると圧巻ですね。
(上3枚)車窓の風景 コントラストが凄い。森は森、町は町、野原は野原、きっちり区分できそうな位、曖昧な感じがしない。
トイレ休憩は、1回あります。散歩タイムではないから、さっさと帰ってきてね。w 軍用トラックにどんどん詰められていく。これから砂漠の奥地に向かいます。 MDS Marathon Des Sables 2013 のキャンプサイト サハラマラソンはここから始まる
(左)トイレ休憩 (中右)軍用トラックに乗って、砂漠を目指していく。見えてきたキャンプサイトは、かなり広大だ。
幻想的な砂漠の夕暮れ。テントがピラミッドみたい。 夕食に並ぶ参加者 夕食会場風景とメニュー
(左)砂漠の夕暮れ (中右)夕食の様子 コーヒーやスープなどもあります。早く並んでおかないと、貰うまでにかなり時間がかかります。

4月6日 全体ミーティング、メディカル&装備チェック日


  昨日の夜は、あまりの寒さに凍死するかと思った。エマージェンシーシートを体に巻きつけて、なんとか凌いだ。
 とても恐ろしい。寒くなるとは聞いていたが、こんなにも寒くなるとは、想像もしていなかった。他のメンバーも同様のようだ。

  なんとか無事に、朝を迎える事が出来たようだ。これは大げさでも何でもない。本当にそう思った。
 今日は、かなり多忙な一日になる。全体ミーティング→荷物を預ける(最終日orリタイヤ帰国まで触れない。)→
 メディカル&装備チェック終了後、夕食を取り、明日に備える。

  この日は、空いた時間を利用して、砂漠順応訓練をテントメイトと実施した。やはり、実践訓練をしておくと安心感が違う。
 朝には、ラクダ部隊として同行してくれるベルベル人の皆さんがテントの周りを歩いていたので、無料で乗せていただきました。
 ラクダって、とてもおとなしくてかわいいなと感じました。また次回行ったら、今度はもーもーちゃん(牛仮装)で乗せて貰おう。

全体ミーティングの様子
(上)全体ミーティングの様子 緊急信号弾の打上げ実演などがあります。
最高のテントメイトと現地で仲良くなった青年 サハラマラソン前日、砂漠順応練習の風景 MDS Marathon Des Sables 2013
(上)最高のテントメイト達と現地で仲良くなった青年 近くの山まで、装備を担いで事前練習しました。
とてもおとなしいラクダさん  ラクダ部隊のみなさん らくだに乗る。かなり背が高い。
(上3枚)ラクダ部隊として、最後尾を進む人たち。無料でラクダに乗せてくれました。とてもおとなしいラクダでしたね。いい記念になりました。
砂漠の月 サハラ砂漠、最初の夜明け 実感がわいてきます。いよいよです。
(上3枚) 砂漠の夜明け 明け方に一層厳しくなる寒さが、目覚まし代わりになります。おかげで幻想的な夜明けを楽しめました。
初日の朝7時の温度と湿度 初日の10時の温度と湿度
(上2枚) メーターの左が温度計、右が湿度計です。たった3時間で、20℃も上昇します。湿度は、思ったよりも低くありませんでした。 
朝食メニュー 【必須装備品】を忘れてしまった方の為に、ショップもオープンします。 Marathon Des Sables 2013 Cow 毎日決まった番号のテントで過ごす事になります。勝手に他のテントに移動したりすると、ペナルティや失格になります。 Marathon Des Sables 2013 Cow
(左) 朝食のメニュー (中) 売店の様子 【必須装備品】置いてあります。 (右) 99番テント 毎日決まった番号のテントに寝ます。
同じ宮城県から参加された川原さん。前年無念のリタイヤ、今年見事なリベンジを果たしました。 いろいろ為になるお話を頂き、またお世話いただきました。感謝感激です。Marathon Des Sables 2013 Cow サハラマラソン テントメイトのUC君です。とても人懐こい面白いナイスガイです。ウシーじゃありませんよ。w Marathon Des Sables 2013 Cow サハラマラソン サハラマラソンは、沢山のスタッフの皆さんの尽力で成り立っています。最高のスタッフばかりでした。Marathon Des Sables 2013 Cow サハラマラソン
(左)同じ宮城県から参加の川原さん (中)テントメイトのUC とても人懐こくてナイスガイでした。(右)最高のスタッフ達

4月7日 STAGE-1 37.2km 8H11m44s 13分13秒/km
 BC1→CP1 13.4km 2H34m52s  CP1→CP2 11.4km 2H41m48s  CP2→BC2 12.4km 2H54m54s
11分33秒/km 14分11秒/km 14分06秒/km


  ついにスタートの時間が迫ってきた。昨晩は、寝坊したら大変だなと思っていた。しかし、僕を始め、テントメンバー全員が、5時前には目覚めていた。
 他の人の眠りを妨げないように、最初は息をこらすようにしていたが、そのうち全員が起きていることが判った。
 そうなると準備は早い!全員が一斉に起きて、朝食や支度を始めた。やはり興奮して目覚めてしまったのだろう。

  準備をしていると、スタッフが本日の注意事項を説明にやってきた。日本人テントには、英語を喋れるスタッフが割り当てられているようだ。
 しかし、僕の場合は、英語だろうと、フランス語だろうと全然問題ない。 どちらにしても意味が判らないしwww
 テント内のメンバーに聞けばいいやと甘えていた。スタッフが帰って、早速テント内の英語の判るメンバーに聞いてみたが、あまり答えてくれない。
 自分の準備で忙しいのだ。 これはやばい・・・・

  ほとんど注意事項が判らないままにスタートを迎えてしまった。こうなっては腹をくくるしかない。
 最後尾で準備体操をしたり、写真を撮っていると、一緒に撮ってくれという外人がちらほら現れた。嬉しいね!気分は、最高潮!!
 (注)朝に仮装している日本人は、他にもいました。しかし、CP@で脱いでしまったらしい。

  主催者の挨拶が終わり、7日間に亘る大会がスタートした。たよりは、ロードマップのみだ。
 ゆっくり行くつもりが、外人の速いペースに巻き込まれて、知らず知らずのうちに早歩きになっている。しかし、気持ちを抑えられない。
 まだ砂漠の熱気もなく、とても涼やかな風も吹いている。心地よさに身を任せて、行ける所まで行こう。

  CP1に到着したのは、11時34分。朝食は6:00頃に取ったので、少しおなかが空いてきた。しかし、周りを見ても、昼食を準備している人はいない。
 僕は、3食ともご飯を食べようと思って、チャーハン、えびピラフ、その他色々と準備してきたが、わざわざ昼食にお湯を沸かして作る人はいないようだ。
 スタート前に水を入れておけば、丁度いい時間で出来上がっていたかもしれない。調子良く歩けているし、休憩せずにこのまま再開しようと決めた。
 手早くボトルにスポーツドリンクを溶かし、途中で食べるスナックをパックパックからウエストポーチに移し替えた。

  休憩している選手たちから、拍手と口笛を頂き、元気を貰って最高の気分でレース再開できた。去り際に「グッドラック!」と大声で声援に応えた。
 日差しが強くなって、歩くスピードはガクッと落ち始めたが、気持ちは、まだまだ乗っている。
 コース脇の木陰などでは、休憩している選手も出てきた。軽く声をかけて、先を急ぐ。

  CP2に到着したのは、14時16分。日差しも強くなって、気温も急上昇している。ここで10分ほど休憩を入れた。
 もう何も食べる気は起きなくなっていたが、塩タブレットと水だけはしっかり取らないとやばいと思って、15分毎に必ず取るように気を付けた。
 ここからBCまでは、景色すら覚えていないw 15分毎に水と塩と取る、そればかりを考えて、時計を見ていたような気がする。

  覚えているのは、遠くにBCが見えた頃、後ろ姿のかわいい外人女性に抜かされた時の妄想だ。
 その時になぜか、初日の感動的なゴールシーンが頭に浮かんできた。かわいい外人女性とハグして喜んでいる姿だった。
 ゴールしてハグ、ゴールしてハグ、なぜかサハラでは常識のような気になって、必死に追いかけた。しかし、無情にもしっかりと離された。
 感動的なハグシーンでゴールを喜べなかったが、、疲れも忘れてしっかり歩けたような気がする。

  一人さみしくゴールw ボトル4本を貰い、テントに戻る。みんなゴールしていて、僕が最後だった。
 すでにメディカルで治療も済ませてきたらしい。かわいい医療スタッフの話で盛り上がっていた。
 早速メディカルに向かう。すでに暗闇で、どこに行けばいいのかわからない。なんとかメディカルに着くと、言葉が通じないから相手にされない。ww
 大きなタコを見せても、それがどうしたといった感じで、自分でしろとばかりにあしらわれた。(´・ω・`)
  テントに戻り、本当に治療してもらえたのか確認すると、俺のマメの4分の1もないマメがきちんと治療されていた。(´・ω・`)ナゼ?ドウシテ??
 また戻って、何度も足のマメを指差していると、しょうがないなといった感じで治療してくれた。レースで疲れた神経を、メディカルで更に疲弊させるとはw

  凄くさびしい気持ちになって、テントに戻った。せめて、ほんの少しでも体を温めようとコーンポタージュスープを飲んだ。
 寝る前に、仮装などを干して、プロテインを飲み、セルフマッサージを終えてから休んだ。明日も早いぞ。頑張ろう。

 
サハラマラソン 1日目コースマップ
サハラマラソン 1日目スタート風景
 緊張の初日スタート風景。最後尾からゆったりスタートしました。先は長いよ〜♪
サハラマラソン CPが見えてきた。自然に足が速くなります。 CPでは、休憩と水の補給ができます。最低でもボトル1本貰わないといけません。CPによって、ボトル1本しかもらえない場所、2本まで貰える場所があります。水は、砂漠の生命線です。
  CPと給水の様子。CPには、テントが張ってあり、休憩することもできます。
 給水はカードで管理。ボトル1本のみのCPとボトル2本まで貰えるCPの2つあります。
さまざまな思いで参加する選手たちがいます。障害を抱えていても、参加することができます。 ヘリは、撮影、救急救助搬送、選手管理と大活躍します。
 障害者も車椅子に乗って参戦。見事完走を果たしました。ヘリは、撮影、救急搬送に活躍

4月8日 STAGE-2 30.7km 9H32m20s 18分32秒/km
 BC2→CP1 12.0km 2H50m09s  CP1→CP2 12.0km 4H29m04s  CP2→BC3 6.7km 2H13m07s
14分10秒/km 22分25秒/km 19分52秒/km

  この日を一言で表現するなら、「やばかった」でしょう。リタイヤした人も多く、21名にも及びました。(初日は、2名です。)
 朝支度をしていると、担当スタッフが本日の注意事項の説明にやってきました。(毎日、あるようです。) 
 内容は、2つ。「本日は、山登りで技術を要するから注意するように」と「制限時間を1時間延長した。」です。
 今日のコースは、最短コースです。それなのに、1時間も延長する。・・・ 悪い予感がよぎりました。かなりきつい旅になりそうだ。

  テントメイトのUC君が、「今日のコースには、富士山がある。山越え3回だ」というような内容の事を言いました。
 僕は、食料品他、医薬品も多めに持ってきておりました。このままでは、ゴールできないかもしれない。荷物を軽くしようと決心しました。
 食料品を仕分けし始めました。初日の食事と体調を考慮して、残り日数分を計算すると、半分は食べられない。
 ただ乾燥食品は、値段高めです。捨てるのは、もったいない。よし、誰かに食べてもらおう。早速ベルベル人のスタッフに、声掛けしました。
 全部配り終えた頃に、一人の若者が近づいてきました。 「お酒を頂けませんか?」と言ってるようです。

  実は、昨日の朝、出発前にベルベル人の若者にワインをあげました。
 夜があまりにも寒いので、夕食時に配られるドリンクにワインボトルを選んでおいたのです。(ジュース、ビール、ワインから一つ選べます。)
 その夜は寒くなかったので、ワインを飲みませんでした。(僕は、下戸です。必要ないから、あげました。)
 そのことを知っていたようです。残念ながら、あげれる物は食料も酒もありません。そのことを伝えました。

  そんなこんなで準備に時間がかかり、8時を回っていました。9時スタートだから、まだ大丈夫だろうとタカをくくっていました。
 周りを見渡すと、選手は一人もいません。みんなスタートラインに整列していました。随分早く並んでいるなと思っていました。
 トラックの上に主催者が上がり、スピーチが始まりました。歓声が聞こえます。
 やばい!昨日は、スピーチの後ですぐにスタートしました。スタート時間も変更になっていたのか!?

  靴紐もまだ結んでいない状態でした。(足が腫れあがっているために、最大限緩めていた。)
 なんとかスタート地点に着くと、即スタート。(2日目のスタート写真を見ると、最後方にポツンといる牛仮装を見つける事が出来ます。)
 シューズが脱げそうだが、仕方ない。とりあえずスタートして、途中で結びなおそう。

  500m位進み、靴紐を結びなおし始めました。 しかし、カバーのジッパーに砂が噛んで開きません。隙間からなんとか結びなおしていると、
 ジープが猛突進してきました。何事だと思っていると、どうした!?と叫んでいるようです。後ろを見ると、ラクダさん部隊が待機している。

  あらら、やばい!! とにかくなんとか結びなおして、必死に前を追います。 すでに1km以上は離されていたでしょう。
 なんとか山の登り口で前の選手をとらえること出来ました。 登り口には、主催者が立っていました。祝福を受けて再開しようとすると、別のスタッフが
 プレゼントを持ってきました。素敵な石だとか言っているようです。3kgはあるでしょう。ザックに入れようとしましたので、丁寧に断りました。www
 「ノー!!!!」 www 「モー!!!」と言ってやればよかったな。(*´Д`)w

  山道は険しいですが、歩きやすい感じです。 天気も良く、遠くまで見渡せます。気分は揚々と一つ目の山を越すことができました。
 ほぼ昨日と同じ時刻、昼前にCP1に到着しました。昨日と同じく、休憩もそこそこにレースを再開します。これが大正解でした。

  二つ目の山に取りかかると、前を行く外人女性から軽蔑したような声で吐き捨てるように「クレイジー」と言われました。
 ちょっと内心辛かったけど、ここはレースに集中します。しかし、通れる幅がやっと一人分で、遅い人がいても抜かすことができません。
 これはやばい、かなり時間がかかりそうだと覚悟しました。風も強く、牛頭が吹き飛ばされそうになることもしばしば。
 「もし飛ばされたら、絶対に下まで取りに行く」と決意を固めました。飛ばされないように牛頭を抑えるために、まずストックを仕舞いました。

  CP2到着が、16時頃でした。なんと1km歩くのに、22分もかかっている。到着すると、スタッフから「あと6kmで、リミットまで2時間半」と言われました。
 休憩など取っている時間はありません。水を貰うと、即歩き始めました。前には、義足のランナーが歩いていました。
 撮影していたのでしょう。撮影スタッフから「牛、どけろ、邪魔だ」といったような怒号とジェスチャーをされました。
  正直、なんだこいつら、なんで俺がルートを変えなきゃいけないのと思いましたが、ルートを変えて歩きました。

  そして最後の難関が待ち構えていました。蟻地獄と硬い岩盤、砂地獄。
 最後の山の斜面は、砂できていた。まさに蟻地獄・・・、やっと抜けると今度の下りは堅い岩盤・・・。皆さんは歩きやすいと思うかもしれませんが、
 一番歩きにくい。歩くことが、まるでハンマーに足を打ちつけているような感覚といえば判ってもらえるでしょうか?
 辛い思いをして、やっと下り終えた時、残り1時間でした。 まだBCが見えない。もうだめかと思いました。

  昨日の経験でいえば、BCが見えてから1時間以上歩いた気がします。
 2日目にしてリタイヤなんて、どの面下げて日本に帰ればいいのか・・・ 本当に泣きたくなりました。
 後ろから同じテントメイトのチーちゃんが来ていました。絶望的な顔をしています。もう駄目か、こっちの気分もかなり落ち込みます。

  目の前の砂丘群を前にして、決意を固めました。
 もうわき目も振らず、登り下りをくり返し、息が切れても構わない。もう夕闇も迫ってきました。
 必死という言葉が、これほど当てはまる瞬間はなかった。本当にそう思います。

  薄暗闇の中をゴール、この時は嬉しいというよりも、なんとか明日も走れるという気持ちで一杯でした。
 しかし、昨日のゴールとはうって変わって、他のランナーから口笛や拍手で迎えられるという事がありませんでした。
 翌日判ったことですが、タイムオーバーでゴールしたと思っていたようです。

  ボトル4本を貰い、テントに戻りました。 隣のテントから、「心配したぞ、帰ってきてるなら、挨拶に来ないと」と声がかかりました。
 「ご心配をおかけしました」と一言言うのもやっと、すぐにでも横になりたい。(>_<)
 疲労回復のため、すぐに夕食を取り、メディカルに行きました。まったく相手にされませんでした。(´・ω・`)もう行かない。心に決めました。
 今朝の事があるので、疲れていましたが、明日の食糧の仕分けなども夜のうちに済ませました。

  寝ようとしていた時に、とあることに気付きました。テントメイトのMr.SAHARAがいない。
 20時を回っているし、何をしてるのだろうと思っていたら、まだメディカルで治療中との事でした。
 かなり重症なのか!! 21時すぎに戻ってきました。足を引きずっていました。
 メディカルは、時間外にもかかわらず治療してくれていたようです。

  話を聞くと、マメが四重に出来てしまったと。僕も10を超えるマメができていますが、二重に出来たものさえない。
 新品のシューズで臨んだのが、裏目に出てしまったようです。
 僕のように使い慣らしたシューズを履いたほうが、見た目は悪くてもマメは出来にくいのかもしれませんね。

  Mr.SAHARAも心配だけど、今日は時間ギリギリでゴールした自分は、もっと心配だ。
 セルフマッサージを念入りにして、明日の朝食にするためのチャーハンに水を入れておきました。
  明日は、もっと余裕を持ってゴールしようと心に決めて、ちょっと寒いので牛仮装を着て寝ました。

   
サハラマラソン 2日目 コースマップ
今大会は、山登りもコースに加えられました。2日目は、リタイヤがかなり出ました。 堅い岩盤で、足にダメージを喰らいます。しずしずと降りなければいけませんでしたので、かなり時間を割きました。 最後の砂丘群は、もう必死で歩き続けました。なんとか時間内に完走する事が出来ました。
(左)急傾斜&砂で、まさに蟻地獄 (中)とても硬い岩盤は、足に響いて一番辛かった。 (右)この砂丘の先に、BC3がある。

4月9日 STAGE-3 38.0km 9H15m32s 14分37秒/km
BC3→CP1 13.0km 2H45m00s CP1→CP2 9.5km 2H02m57s CP2→CP3 10.1km 2H56m05s CP3→BC4 5.6km 1H31m30s
12分41秒/km 12分56秒/km 17分26秒/km 16分20秒/km

  昨日は上り下りのオンパレードで、大量の脱落者を出してしまった。まだ始まったばかりで、重い食料を背負っていたせいもあるだろう。
 たとえゴール出来たとしても、Mr.SAHARAのように重いタコに見舞われたり、翌日のレースに支障が出るような選手も多かったかもしれない。

  今日のコースは、距離は長いが平坦だ。体も砂漠の暑さに順応できてきている気がする。
 少し早めのペースで前半を押して行こうと決めていた。昨日準備していた朝食をほおばるが、一口でやめた。冷たいし、まるで喉を通らない。
 すぐにお湯を沸かして、ココアとコーンスープを飲んだ。ココアは、体脂肪を燃焼しやすくしてくれる。栄養は、脂肪から取ろう。

  朝食で躓いたが、快調に砂漠を歩く、足もスムーズに出ている。疲れもあまり感じない。連日のセルフマッサージが効いているのかもしれない。
 途中トラックの集団と出会う。近くに村があるから、そこで工事でもしてるのかもしれない。クラクションと手振りで、派手に応援してくれる。
 こちらも手を振って応えると、さらに応援し返してくれた。気持ちのいいドライバーだ。

  村に入ると、突然日本語で応援された。「アリガト、サヨナラ!」 鉢巻きで日本人と判ったのだろう。
 砂漠ツアーで村を利用する日本人が多いようだ。手を合わせて、お辞儀までしてきた。こちらも手を合わせて丁寧にお辞儀をするとニコニコ笑った。
 人懐っこさがとても嬉しい。楽しい気分で村を後にした。

  それを見ていたのだろうか、村を出たあたりで地図に載せた写真の義足ランナーから、Tシャツにサインしてくれと頼まれた。
 彼は、義足でサハラマラソンにチャレンジしているランナーだ。昨日は、彼の撮影隊から無礼な振る舞いを受けたが、快くサインさせてもらった。

  今日は、人との出会いのある日らしい。子供たちも応援に駆け付けてくれていた。
 おそらく初めて見る仮装に戸惑っていたが、牛をあがめる部族と思われたかもしれない。挨拶をしたら、ニコニコと打ち解けてきた。
 丁度黒糖飴を持っていたので、あげてみた。美味しそうに食べてくれたので、こちらも嬉しくなる。よしよし。

  子供たちの応援も貰って、足回りはさらに快調そのもの。CP@では、休憩も取らずにそのまま南進した。
 CPA到着が、13時22分とかなりいい感じで距離を消化できた。 ここで40分ほど長めの休憩を取った。日差しを避けて、次の山登りに備えるためだ。

  休憩で更に体調をあげて、レースを再開した。これなら今日の難所と思われる山登りも楽勝だろう。
 昨日の山登りで耐性ができていたこともあるし、休憩を取ってから臨んだ作戦も大成功だった。楽勝で通過できた。

  CPBからBCCまでは、ゆったり行こうと決めた。景色を楽しみながら、明日に備えてゆったり歩く。日差しも強くはない。
 まったり歩きを楽しんでいると、自転車に乗った少年が登場。前に立ちはだかった。w
 特に応援する様子でもなく、なぜかもじもじしてる。どうしたのかな? そしたら僕のチンチンのあたりを指差したw
 まさか・・・小便した時に出しっぱなし、閉め忘れっぱなしw 俺は、そこまで疲れているのか!?

  違いました。ウェストポーチを指差していたようです。メッシュポケットの間から、黒糖飴が見えていました。
 これ!と指差すと、嬉しそうに微笑みました。正直言って、あげたくはなかった。
 というのは、もう残り少ない。明日もあるし、ご飯が喉を通らなくて栄養が取れてない。ドリンクと飴が頼りになっていた。

  しかし、この子が飴の事を知っているという事は、朝にあげた子供たちから聞いたに違いない。そして食べたい一心で、ここまで追いかけてきた。
 その気持ちに応えたい。飴をあげる事にしました。とても嬉しそうに手に取って、舐めはじめました。満面の笑みです。
 あげてよかった。こっちも嬉しさから笑みがこぼれます。もっと持ってくればよかった。本当にそう思いました。

  ここまで20km以上はあるし、自転車とはいえ、砂の上を走ってくるのは辛かっただろうに・・・。
 子供の情熱に打たれながら、こっちも負けずに頑張ろうという気になりました。

  到着は、17時50分予定通りです。早速テントに戻り、夕食を取りました。コーンスープww もう飲み物しか受け付けない。しかし、元気一杯。
 明日の準備をしていると、スタッフに抱えられながらMr.SAHARAが帰ってきました。ラクダに追いつかれて、タイムオーバーでのリタイヤでした。
 最後の最後まで諦めずに、意地を見せてくれた根性に拍手です。食料品は没収で、毎日スタッフと一緒に食事をするそうです。

  自腹で帰国する方法もあるのですが、彼は一緒に帯同することを決めたようです。見るからに痛々しく、かわいそうでした。
 しかし、テントメイトの分の頑張らなければいけない。全員が決意を新たにしたようです。明日は、最難関のオーバーナイト。頑張るぞ!!

 
サハラマラソン 3日目 コースマップ
この日は、人との出会いが面白い一日でした。 村々を通ります。日本人観光客も多く、砂漠観光の拠点になっているようです。 3日目最大の難所も楽々攻略。明日のオーバーナイトに備えます。
(左)ヤシの木のお出迎えが嬉しい。気分を盛り上げてくれました。(中)村を通過します。沿道の応援が嬉しい。(右)コース唯一のアクセントも楽勝楽勝


4月10日〜11日 STAGE-4 75.7km 30H56m24s 24分31秒/km

  この日を一言で表現するなら、「もう駄目だ」でしょう。完全に心が折れた瞬間が来てしまいました。完走できたのは、まさに運ですね。
 スタート前、主催者から本日誕生日の選手名が読み上げられます。みんなに誕生日を祝ってもらえました。

  今日の作戦は、CP@まで出来る限り飛ばして時間を稼ぎ、CP@では休憩を十分に取って、一気に山越えしていくというプランでした。
 CP@までは完璧、わずか2時間で疲れもなく到着することができました。ここで一番の失態をしてしまいます。
 最初の作戦通り、長めの休憩をしてしまいました。何がいけなかったのか?疲れていないのだから、そのまま山越えに入ればよかった。
 まだまだ直射日光も弱く、気温も安定していた。恐らく一気に山越えをすることができたでしょう。そしてCP2で休めばよかった。
 休んだことで、直射日光もきつくなり、温度も上昇した中での山越えになってしまった。さらに順調に歩けた事と休憩した事で、心に隙を作ってしまった。

  ここで最初のよろめきが起きました。しかし、まだまだ時間に余裕もあり、気持ちに緊張を取り戻せないでいたようです。
 少しフラフラしながらCPAに到着、体調に異常をきたしているのが判りました。しかし、どうする事も出来ません。
 制限時間もあります。なんとしてもCPCまでたどり着かないといけません。

  少しでも時間を稼いでおきたい。その気持ちだけで、レースを再開しました。
 足取りは重く、歩くのがやっとでした。CPBに永遠にたどり着けないのではないと思えるほど、長い長い時間に思えました。
 CPBに到着と同時に涙が出ました。もう体が動きません。「もう駄目だ」本当にそう思いました。体が動く事を、完全に拒否してる。

  そんな僕に、幸運がやってきました。テントメイトの福ちゃんが後ろにいたのです。何を言ってるのかわかりませんが、僕に話しかけているようです。
 そして「誕生日プレゼント」と言って、梅干を1個くれました。(この言葉だけ覚えています。)この梅干を貰わなかったら、完走はなかったと思います。
 と言うのは、もう何も出来ない状態だと思っていたのに、梅干を貰った事で自然に口に運べた。食べる事が出来たという勇気を貰えました。
 まだ口は動く!まだ口は動く!! よし、栄養を取るんだ。 しかし、固形物を飲み込める状態ではなかった。
 残りすべてのスポーツ飲料を、500ml位の水に溶かしました。そしてなんとか2口ほど飲む事が出来ました。

  CPBでどのくらい休んだのかは、覚えていません。暗闇の中を歩き始めたと思います。
 しかし、暗闇の中を歩くのは、初めてです。思考が失われている状態では、ルートも確認できないでしょう。
 前を歩くランナーのケミカルを見失わないように、ひたすら追いかけていたような気がします。ほとんど記憶がありません。
 覚えているのは、道を間違えた事。ここまで歩いてきたルートには、車の轍が出来ていました。
 それまでは、前のケミカルを追うのに必死でした。しかし、もしかしたら車の轍をたどればいいのではないかという甘えが出てきました。
 追うのに疲れていたせいもあると思います。追うよりもゆっくりと車の轍をたどっていこうと妖魔が囁きました。

  轍は、たまたまルート沿いに長く続いて出来ていただけでした。途中でCPCに向かうルートから外れるという事実に気付きませんでした。
 轍通りにいけばいい。必ずCPCに着くと、とんでもない思い違いをしていました。
 地図を見てもらうとわかりますが、途中に山があります。CPCへは、山裾を右に行きます。しかし、僕は、左に続いていた轍をたどろうとしていました。
 ここで2度目の幸運がやってきます。後ろにランナーが来ていて、僕がルートを外して歩いている事に気づいてくれたのです。
 彼らは大声で何かをわめいていました。意味は分かりませんが、手振りでは「こっちに来い」と言っているようです。

  僕は、ルートを外していた事に気付きました。彼らに追いついて、お礼を言いました。本当に危なかった。
 去年の日本人のリタイヤは、1名。オーバーナイトで道迷いをした方でした。まさか自分も道迷いに巻き込まれるとは・・・。

  CPCが見えてきた時は、本当に嬉しかった。オーバーナイトは、徹夜で歩けとよく言われますが、僕にその気力は残っていなかった。
 明日、灼熱の中を歩いてもいいから、今はしっかりと休むんだと決めました。しかし、すぐ寝れるわけではありません。
 明日のために、夜のうちにやらねばならない事がある。寝ている間に、体を修復してもらうためにも栄養は欠かせません。

  プロテインを飲み、コーンスープで〆て、体を少しでも温めます。それから足のマメの手入れをしました。
 かなり酷くなっていたので、この作業で2時間はかかりました。その後、セルフマッサージで体をほぐしながら温めました。
 少し寒かったので、仮装も着て寝たと思います。(かなり鼾をかいていたみたいで、チーちゃんが横山さんが寝ているのが判りましたと言っていました。)

  まだ暗闇の中を起きて、朝食を取りました。セルフマッサージなどをしながら、薄暗闇になるまで待ち、レースを再開しました。
 この日一日で出会った選手は、わずかに6名。 ほとんど、砂漠に一人ぽっちの状態でした。

  朝早くの出発は、涼しく、最高に気持ちがいい。ぼんやりと浮かぶ風景も幻想的です。
 朝日を撮った時の顔を見ると、かなり疲れが色濃く出ています。気持ちは、真逆で超が付くほど楽しい気分で歩いていました。
 今思えば、本当に疲れていたんだと思います。

  この日は、最高気温55℃だったそうです。その中を、テクテク歩いていました。
 気持ち的には、55℃も感じなかった。神経が麻痺していたのかもしれない。(*´Д`)wタスカッタ !!

  しかし、最後の最後に、もう一つ落とし穴が待ち受けていた。ルートが見つからないのだ!!!
 もうそろそろ次のコースマークが見えてこなければおかしい。もしかしてルートを外してしまったか?
 こんな時の単眼鏡だ! 付近を念入りに調査する。動かなくても遠くまで探せるから、とてもありがたい。こんな時の為に持ってきたんだ。!!
 しかし、いくら探してもコースマークがない。完全に間違えた。一旦引き返すことに決めた。戻り始めると、バイクに乗った青年たちがやってきた。

  BCまでガイドすると言ってるようだ。なぜこいつらは、俺が道に迷ったと知っているのだ。明らかに怪しい。
 まさか、コースマークを抜いたんじゃないか?と思った。 もしそうだとすると、正しいルート歩いている時には来ないで、戻ったからやってきたんだ。
 という事は、引き返さないルートが正しいはず。 青年たちのガイドするというのを断り、そのまま500mほど歩くと少し高くなっている砂山があった。
 そこに上がって、付近を調べてみた。すると、はるか先に、コースマークがある!! ルートは、間違ってなかった。

  こうなれば後は一本道。気が楽になる。もう時間にも間に合いそうだ。心には余裕を持って、ゴール出来た。

  テントに帰ると、凄くうれしい事が!! なんと誕生日飾りでお祝いされていた。
 今日は、コーラの支給もあるらしい。すぐに取りに行きたいところだが、足がおかしくなって動きたくない。
 一休みして、体も落ち着いた17時30分頃に取りに行ったら、もうコーラの配給は終わりですよと言われた。(´・ω・`)ウソデショウ

  もしかして残ってるかもしれないから、あそこのテントに行ってみろと言われたテントに行った。
 「コーラは、もうありませんよ。」と言われたけど、(´・ω・`)と帰る僕の姿を憐れんだのか、スタッフが自分のコーラを分けてくれた。
 スタッフさんが飲めないと俺も困る。俺は、飲まなくても大丈夫です。と言ったら、私は食事の時に貰えるから、飲みなさいと渡された。

  (>_<)ありがとう(>_<)ありがとう テントに帰って、コーラを思いっきり飲み干しました。やっぱうめー。
 
サハラマラソン 4〜5日目 オーバーナイトステージ コースマップ
サハラマラソン メディカルテント内の治療風景 この日の砂丘が、一番美しく感じました。 この日は、熱中症や燃料切れを起こしてしまったようです。体の異変を感じたら、すぐに対処する事が症状を少しでも抑えるのに役立つでしょう。
(左)治療の様子 (中)このステージの砂丘が一番美しいと思った。 (右)この辺りが、一番危なかった。熱中症と燃料切れが2つ同時に来た。
この日は、のんびりとロバさん達も応援してくれました。見慣れない奴が来たなと思っていたかもしれませんね。 暗くなる前にケミカルライトを装着します。遭難防止にもなりますし、つけ忘れないようにしましょう。つけ忘れは、ペナルティの対象です。 頭蓋骨が転がっていました。 砂漠の砂嵐では埋まらないようです。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow
CPが目前に迫り、思わずガッツポーズをする選手! 気持ちが伝わってくる写真です。
(左)ロバも応援!、見えてきたCPに歓喜する選手 (中)暗くなる前にケミカルを装着する (右)何の頭蓋骨なのかな?不思議、砂嵐でも埋まりません。


4月12日 STAGE-5 42.2km 9H43m35s 13分49秒/km
BC5→CP1 10.5km 2H02m02s CP1→CP2 12.0km 2H18m42s CP2→CP3 11.2km 3H14m16s CP3→BC6 8.5km 2H08m29s
11分37秒/km 11分33秒/km 17分20秒/km 14分10秒/km

  いよいよ大会も残すところ、あと1日となってしまった。今日のフィニッシュで、完走メダルが貰えるそうだ。
 体調は、まさに万全と言っていい。一昨日の体調の悪さが嘘のようだ。この分なら、あと1ヶ月は歩き続けてもいい。

  スタートして歩きはじめると、その感触が嘘でないことが判る。サクサク、サクサクと距離をこなしてしまう。疲れは、全く感じない。
 むしろ、大会が終わってしまう事の方がつらい。何の障害もなく、スンナリとCP2に着いてしまった。何も書く事がないほど。

  この調子なら、16時半にはフィニッシュできそうな気がしていた。しかし、このペースは、決して速くはない。
 むしろ、平均よりやや遅いペースと言ってもいい。なので、周りには、沢山の選手が歩いている。

  そこで僕は、考えた。大会史上仮装で完走した選手は、まだいないようだ。3日目から取材も多くなってきている。
  今日のフィニッシュは、一人でゴールしたい。そして、感動的なゴールシーンを十分に撮ってもらいたい。(*´Д`)ウホッ
 他の選手の邪魔もしたくない。されたくもない。 前後の選手に、十分な間隔を開けてゴールしよう。

  よし、ゴール時間は、暗くなる少し前の18時前後にしよう。 この時間帯なら、かなりばらけているはずだ。
 CPAでは、気持ちを切らさないように休憩を取った。二の舞だけはしたくない。 CPBまでは、ゆったりと時間を潰しながら歩いた。
 景色も楽しめたし、今日までの思い出も頭の中をめぐる、最高の時間を過ごせた。この時に、来年も挑戦しようと決心していた。

  CPBに到着、直射日光も酷くはなく、熱中症にかかった様子はない。ほとんど休憩なしで、CPCに向かうことにした。
 時間は、歩きながら潰せばいい。ゆったりと歩きながら、ゴールを目指した。

  ああ、BCが見えてきた。もう終りなんだなと思った。 後ろの選手を気にしながら、ゴールに進む事にする。
 日本人女性に、挨拶されて追い抜かれた。さらに歩を遅くする。後ろを振り返ると、まだパラパラと選手が見えた。

  どのタイミングでと思っていたが、どんどんゴールに近づいてしまった。一応服装を、改める。

  牛頭には空気を入れなおし、鉢巻きも確認。服のホコリを落とし、ボタンやゼッケンもチェックをした。大丈夫のようだ。
 あまり時間をかけても、芝居がかって見られてしまい、余計良くないかもしれない。

  さぁ! ゴールするぞ!! 撮影隊の皆さん、よろしくお願いします!!! 心のうちに檄を送ったww
 ゴール目前、横から福ちゃんが国旗を持って登場。 目立ちたがり屋が、ここにもいたww
 しかも、滅茶苦茶はしゃいでいる。 こっちの牛頭が落ちそうなほどww 国旗を持ち、牛頭が落ちないように、必死になった。

  感動のゴール!! じゃない!!! (*´Д`)オイオイオイ なんだかわからないうちにゲートをくぐってったぞw
 しかも、インタビューもなし。俺の計画が・・・ ここに来るまで、特にCPBを過ぎてからは、どんなゴールシーンにするかを空想するのが、
 最高の楽しみだった。俺は、ヒーローになりたかったw 俺が夢見てきたのは、こんなゴールじゃないw

  俺の妄想は、あっけなく崩れ去り、現実だけが残った(*´Д`)計画通りには、いかないものだね。

 ああ楽しかった。いつまでもこの気持ちは忘れないだろうな。
  
サハラマラソン 5日目 コースマップ
最後尾を守るラクダ隊の皆さんです。追い抜かれると時間内でもタイムオーバーになります。やる気があるうちは、追い抜かずに見守ってくれるようです。 歩いている時は、こんな風景の中を歩いているようには思えません。 コース内には、遺跡もたくさん出てきます。
(左)ラクダ部隊に追い抜かれてしまうと、制限時間内でもタイムオーバーになります。(中)人が芥子粒みたい。 (右)ルートには、遺跡もあります。

4月13日 STAGE-CHARITY 7.7km

  今日は、サハラ砂漠で過ごす最終日だ。約8kmほど歩いて、順次バスに乗り、ワルザザードに戻る。
 お土産に、サハラの砂を持って帰りたいと思っていた。今日は、絶好の日だろう。
 主催者も気を利かせて、砂丘を歩かせてくれるようだ。

  町が、ゴールになっていた。現地の子供から大人までが集まり、選手たちにせがんでくる。「タクシー乗らないか」「サンダルいらないか」「何々くれ」
 最後に侘しい気持ちになる。 早くバスに乗りたい。出発したい。

  夜、遅くになって、写真のホテルに到着した。うん、とてもいい感じ。砂漠のホテルは、どこも異国情緒があっていい。
 こちらのホテルにシャンプーや石鹸はないと聞いていたので、持参してよかった。やはりなかった。

  夜は、バイキングで腹一杯食べた。味付けが、とても美味しいですね。 その夜は、日本人選手団で完走祝いしました。

 
ユニセフのTシャツを着て、ゴールを目指します。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow 砂漠で最後の朝食を頂きます。もう終りなんだと実感する瞬間でもあります。 ワルザザードでの滞在ホテルは、イビスホテルでした。快適に過ごせました。
(左)ユニセフステージのスタート前記念撮影 (中)砂漠で最後の朝食会場の様子 (右)今夜から2泊する日本人参加者用ホテル
砂漠でも蟻さんは、大忙しでした。どこから来たんだというほど、ゴミにたかってきます。 観光客を乗せたラクダさん達が、旅立っていきます。この町も砂漠ツアーで成り立っているようです。 砂漠にも雨が降る。当たり前のようだが、実際に降ってくるとびっくりします。
(左)砂漠でも蟻さんは、大忙し (中)観光キャラバン隊が行く (右)去りゆく僕らを惜しむかのように、雨が降った。
給食会場の様子。テントの中にも沢山のテーブルが並んでいます。 レース後には、こんな簡素なテーブルでも食事ができる幸せを、しみじみと噛みしめる事が出来るようになります。 質素なようですが、疲れた体には充分すぎます。
(左)食事会場の様子 セルフサービスです。 (中)凄いテーブルの数ですよ。 (右)メニュー 簡素ですが、これでも充分すぎます。
ユニセフステージ、スタート前テントメイト記念撮影 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow ユニセフステージもいよいよゴールです。これでサハラ砂漠ともお別れです。 Mr.SAHARA リベンジを誓っていました。
(左)テントメイトと最後の写真撮影 (中)ユニセフステージのゴール (右)やっと少しは歩けるようになったMr.SAHARA
毎朝、ボトルの支給があります。忘れずに貰いましょう。貰い忘れても、ペナルティです。 砂漠を少し離れると、川が流れています。 帰りのバスでくつろぐ、UCと水村ペア。いつも一緒にゴールしていました。最高のコンビですね。
(左)最後のボトル配布。毎朝貰いに行きます。 (中)いい感じに川も流れています。 (右)帰りのバスでくつろぐ、UC&水村ペア
お別れナイトの様子です。僕は、疲れていましたので、さっさと寝てしまいました。なかなか楽しそうですね。 表彰式の様子。素敵なカップが手渡されます。まだ手にした日本人はいません。ぜひチャレンジしてください。 最後の砂丘を楽しむ参加者たち。やはり砂丘を歩いている時が、砂漠に来たなと感じますね。実際は、砂漠における砂丘の割合は少ないのですが・・・
(左)昨晩のお別れナイトの様子 (中)表彰式の様子 (右)ユニセフステージの砂漠の様子。砂漠らしい砂漠を歩きました。

4月14日 ワルザザード滞在 一日目
アイトベンハドゥに行く


  規定により、ワルザザードに2泊しなければいけない。
 今日は、世界遺産のアイトゥベンハドゥに行くことにした。
 その前に完走Tシャツが貰える事になっていたので、大会本部のあるホテルに行った。
 かなり並んでいると思ったら、まだ開いていなかった。しばらくたって、開いたのだが、ここからがまた大変だった。
 記念グッズも販売しているために、入場制限をしていた。結局2時間位かかったろうか、完走Tシャツを貰い、記念としてMDSTシャツを2枚買った。

  その後、同じ宮城県から参加していた方と2人で、近所のお土産物屋さんを冷やかしてから、タクシーをチャーターして行ってみた。
 思ったよりも大きい。村だそうだ。こんな城のような建物を作らなければいけないほど、盗賊の危険があったんだな。

  その後は、映画スタジオを見学した。セットを見たが、あまりうまく作られているとは思えない。かなり雑なんだな。
 あれで、映画の撮影をしたのだろうか?このセットは、何々の映画で使われたなどと説明していたようだが、意味は判らなかった。

  あっという間に終わってしまった一日だった。
 
アラビア商人は、商売上手と言われます。この愛嬌を見てもわかりますね。やはり、笑顔が素敵なのは重要です。 サハラの民族衣装を着てみます。日本でも似合いそうだなw ワルザザードの街並みの美しさに感動します。やはり観光地は、こうでなければ
(左中)お土産物屋さんの店員さん。とても人懐こい笑顔が素敵です。色々な商品を見せていただきました。 (右)ワルザザードの道路
アイトベンハドゥの全景。村なのですが、要塞のようになっています。前に流れる川が掘、家が城壁、頂上に見張り小屋と日本の城のつくりと一緒ですね。 山の頂上に立つと、360度見事な風景を見渡す事が出来ます。 日本人観光客も多いのでしょう、日本語のメニューが掛けてありました。なかなか美味しそうです。
(左)アイトベンハドゥの全景 (中)頂上からの展望 (右)日本人向けのメニューまでありました。
映画スタジオの全景。モロッコは資源が少ないので、観光立国を目指しています。 映画で使われたセット。なんとなく見覚えのあるものも多いですね。 これは、上の写真の青年の仮眠所だと思います。案内してくれました。
(左)映画スタジオの入り口 (中)映画で使われたセット (左)お土産物屋さんの店員さん用仮眠所?

4月15日 ワルザザードからパリに戻る日

  この日は、僕の人生で一番嬉しい誕生会を開いていただけました。4月生まれの参加者の紹介があり、みんなでケーキを食べてお祝いしてくれました。
 本当に大感激でした。(・∀・)y

  誕生会の後は、一人でワルザザードの街を歩いて回りました。4時間位歩きまわったでしょうか、本当に綺麗な街並みです。
 こちらの皆さんの、街への愛情をひしひしと感じます。

  バスに乗って、一路空港へ。また来年来るぞ!と心の中で叫びました。
 パリに着いたのは、夜8時ごろだったかな。みんなでタクシーをシェアして帰りました。
 みなさん、その後に祝勝会に出かけたようです。僕は、一人でホテルの一室でジュースで乾杯!
  さっさと寝てしまいました。彼らは、かなり遅くまで飲んでいたんじゃないかな?

みんなで合同誕生パーティを開いてくれました。本当に嬉しかったな。みなさん、ありがとう! ワルザザードの街並みは、本当に綺麗でしたね。 写真に写っている男性が、日本事務局の松永さんです。めったに来ることはないようですが、今年は特別だったようです。
(左)バースディケーキでお祝いしてくれました。 (中)ワルザザードの街並み (右)ワルザザード空港 こちらを見ている男性が、日本事務局の松永さん

その他 写真集

サハラマラソンのコースイメージ なんか別の惑星を探検しているような怪しい雰囲気が漂っていますね。
同じくコースイメージです。この2枚は、川村さんによって撮影されたものを頂きました。
(上2枚) サハラ砂漠は、火星のようなイメージがしますね。NASAの観測衛星は、ここに到着していたのかもwww
アメリカの著名な写真家 マークス・コッペン氏撮影 記念に頂きました。いい思い出になります。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow 疲れもなんのその、まだまだ行きますよ。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow
(左)アメリカの写真家 コッペン氏に撮影していただいた。 (右)腰に付いてるカード2枚は、メディカル&給水チェックカードです。規定以上でペナルティ
サハラマラソン初日スタート前記念撮影 若干の不安の色が顔に浮かんでいますね。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow 後ろの小牛郎は、すでにギブアップしてます。 俺は、まだまだこれからよ。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow
(上2枚)初日スタート前記念撮影。 荷物が多く、45Lのバックパックでも入りきらなかった。寝袋とシートは外付けしました。
レース前日のテントでの準備風景です。日当たりのよい場所で、装備の確認しました。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow レース途中の様子です。お腹に入れたボトルは、汗が乾く時の気化熱で冷えます。天然の冷蔵庫ですね。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow
(上2枚)テント準備風景 ヘリも見えますね。  レース風景、色々な場所で撮影していただけました。
サハラマラソンのフィニッシュ映像からキャプチャリング この後、完全制覇 サハラマラソン!と絶叫しました。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow 他の動画サイトから頂いたもの。こんな写真も撮られていたのですね。 ありがたく頂きます。もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow
(左)ゴール風景 この後、絶叫! (右)現地で見つかった牛人のような写真w
CPでの休憩風景 レースマネージメントが重要になってきます。休憩は、マイナスの効果も生むという事を理解しないといけない。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow サハラマラソン 完走祝賀会の様子。濃いメンバーだなw
(左)CPでの休憩中 休憩の取り方が、命運を分けます。 (右)完走パーティを楽しむ
ニュースで紹介されていた映像からキャプチャリングしました。 盛り上がっていますね。 もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow 外国人ランナーも気さくにコミュニケーションを取ってくれました。最高の交流が持てました。ありがとう。もーもーちゃん(牛仮装)サハラマラソン MDS Marathon Des Sables 2013 Cow
(左)動画からキャプチャーした。日本選手テント風景 (右)外人の皆さんと記念撮影。
MDS 2013 JUNGLE 2013 SAHARA 2014 MDS 2014
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